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「nikkan sports.com Soccer Mail Magazine」リレーコラム
「ニッカン・フットボール放送局」

「さぁ、バンコクに行く準備をしましょう!」 2005.06.06

 「やった〜!!」深夜3:30に叫んだ人はいったい何人いたんでしょうか? テレビの中のジーコ監督は今までに見せた事のない顔でガッツポーズ!! 私には「よしっ!」と日本語で言っているように聞こえました。 遠くバーレーンの地で激戦を繰り広げた日本代表メンバーは、はちきれそうなプレッシャーと酷暑の中での疲労や流した汗と激しい当りで受けた痛みとの引き換えにW杯に王手をかけるという大きな結果を手に入れました。1日に聞いた最悪のニュース「小野伸二、骨折」。 8年前のW杯予選でのイランのアジジと同じように敵を欺くにはまず味方から、だったらどんなにいいかと思ったことか…。
 しかし、試合前のピッチに小野の姿はなく、この試合を見届けてから日本に帰るというレポートを聞いて胸が痛くなりました。伸二のため、試合に出られない選手のためにという強い思いが、キックオフ直後からビンビン伝わってきました。 中盤での激しいぶつかり合いに、見ていた私もグッと力が入ります。立ち上がりのキープ率も勝っています、2列目からの飛び出しも何度となく見られました。 いける! と思った瞬間、オガサのゴール!! 喜びもつかの間、前半終了間際のバーレーンのシュートがポストに当たってヒヤッとしました。
 最終予選は何が起こるか分かりません。後半も15分が過ぎると両チームとも足が止まりだしました。イライラする時間帯です。もらわなくてもいいイエローももらいました。
 ジーコ監督はこの悪い流れを変えようとカードを切ります。 俊輔に替えて浩二、オガサに替えてイナ、ヤナギに替えて玉田と徐々に動きました。バーレーンは30分すぎの1番辛い時に、すべての交代が済んでいたのでなすすべなく、相手のコンディションの悪さにも助けられ、1−0のまま無事に試合終了のホイッスルを聞く事が出来ました。

 1993年10月28日、ドーハの悲劇。 現地で味わった悪夢は忘れたいけど、絶対に忘れちゃいけないこととして胸にしまいました。その4年後、苦しんだ末にジョホールバルで歓喜の涙。私も岡田監督みたいに岡野選手に抱きつきたかった。でも、隣に座っていたサッカーライターの大住良之さんと抱き合って喜べたからいいか(笑)。 その4年後、1回休み。開催国の特権だけど、予選がないのはちょっぴり寂しいかも…。
 そして、その4年後の今年の最終予選はどんな記憶となって私の中に記録されるのでしょうか? もうそんなに若くないので、衝撃だけは受けたくないと強く願う今日この頃です。

 さー、バンコクに行く準備をしましょう。 バーレーンの結果次第でどうしようか迷っていた水着も、ちゃんとカバンにしまわないと。
 北朝鮮戦の翌日、ドイツへのチケットを手に入れて、晴れやかな気持ちでプールで泳げる事を信じて。


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岩澤昌美◆岩澤昌美(いわさわ・まさみ)
 静岡県藤枝市出身。SBS静岡放送を経て94年からフリー。日本代表はフランスW杯1次予選オマーンラウンドから追い続けている。東京FMや文化放送などで代表やJリーグのリポーターを務めるほか、テレビやサイトでも活躍。サッカー3級審判員の資格も持つ。


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◇チーム全体で「切り替え」を 2005.03.28

 06年ドイツW杯を目指す日本代表は、最終予選最大の難関といわれていたアウエーのイラン戦をテヘランのアザディースタジアムで戦いました。結果は1−2。セットプレーから先制されるものの、後半21分に福西選手のゴールで追いつき喜びの声を上げました。しかし、その数分後には…。残り時間はまだ15分以上もありましたが、イランの前線からの激しいプレスに途中交代の小笠原選手や大黒選手も前を向いてプレーさせてもらえず、攻撃の形を作れないまま試合終了。最低限の目標だった勝ち点1を取ることが出来ませんでした。

 中4日でホームのバーレーン戦を戦わなければいけないチームにとって1番大事なことは「気持ちの切り替え」だと思います。勝った試合でも負けた試合でも選手の素(の表情)が見られるのは、終了直後のロッカールームに1歩入ってからだと思うので、どんなだったのかな?と気になっていたら三浦選手が「みんな悔しがっていたけど、切り替えるしかない」、中沢選手は「試合に出ていなかったメンバーが、がんばってくれて盛り上げてくれた」とロッカールームの様子を話してくれました。その後のコメントを聞いても、ほとんどの選手が「切り替えて」と話しています。もちろん、それはプロなら当たり前のことですし、あの試合後にインタビューされればそう答えるしかないのかもしれません。

 「切り替え」の方法は人それぞれあると思いますが、今回だけは個人でひっそり行わないでチームのみんなで話し合うことで自然に気持ちが変わっていてくれたらな、と願います。そして、この「切り替え」にジーコ監督にも当然加わってもらいたいです。今までは選手交代などもバッチリはまっていたのに、イラン戦では作戦が全て裏目に出た気がします。

 選手ありきの作戦であるならば、もっと選手の深い部分も知らなきゃいけないし、参考意見として他の人の考えを聞くのもありかもしれません。それに、試合後のコメントで「悲観する内容ではないので切り替えて、バーレーン戦は勝ちに行く」と、言ったのですから、どうせならみんなでいい方向に切り替えられたら、もしも意見の食い違いが出た時でもその場で解決できる気がします。

 チームが1つにならなければ勝てる試合も勝てません。たとえこっちや相手のフォーメーションが急に変わっても誰も迷わないというのがしっかりとまとまっているチームだと思います。

 アジア杯で長い時間一緒に過ごしたことでまとまり、その結果優勝して得た粘り強さは海外組がいなかった時のチームで得た副賞です。今度は海外組がいるこのチームで最終予選を勝ち抜き、W杯出場という最上級の賞を手に入れてほしいです。

 5日間で1つにしっかりまとまるのは難しいかもしれません。でも、みんなが経験を積んで、意見を言えるようになった今、まとまりかけている今だからこそチャンスなんです。バーレーンについてとか戦術についてとかと同じように、どんなささいなことでもチームでコミュニケーションをとっていけば、やり辛いと感じるシステムで90分間プレーしなくてもすむと思います。

 12年前や8年前の2試合終了時に比べたらまだまだ余裕はあります。絶対に勝たなければいけない、と必死に向かってきたイランから点を取れた強さは本物なんですから、その強さにイランが込めていた以上の気持ちを乗せたプレーを埼玉スタジアム2002で見せてください。絶対に負けられないバーレーン戦。
サポーターは7万人ですがきっと12万人以上の後押しをしてくれますから安心してください。


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◇関塚監督、J1でリベンジを! 2004.12.20

 「セレーゾからは、もう1つチャンピオンを取ってるんだからいいでしょって言われたけど、悔しかったよ」。
 すごく悲しそうな笑顔を残してバスに乗り込んだ川崎Fの関塚監督。天皇杯5回戦で鹿島アントラーズと対戦し、2−3の延長Vゴール負け。2点リードしていて、その後も追加点を取れるチャンスが何回かあっただけに悔やまれる試合でした。
 96年までさかのぼってみても天皇杯でJリーグ同士の師弟対決はありません。試合前に監督から「あんまりあおらないでね(笑)」と言われましたが、コーチを10年務めた古巣との対決、しかも、監督1年目にしてJ1昇格、J2優勝、勝ち点と得点は100を超えるという偉業を成し遂げた関塚隆となればあおりたくもなりますよ。
 「44節が終わってすぐアントラーズ対策を始めました。ポイントは90分間集中を切らさないことと、すきを見せないこと。正攻法でいきます」。お互いのことをよく知り尽くしてるだけに、やりやすかったり、やりづらかったり。
 「注意しなければいけない選手は全員です。いろんな所から飛び出して攻撃してくるからね。うちの選手には迷わないようにさせて、先取点を取りにいくよ」。
 その先取点は前半6分でした。
 寺田選手のパスを我那覇選手が得意の右45度の角度から決めました。うまく勝負どころで勝負できるようにしたいと話してくれた時に、その勝負の時間も先取点の取りたい時間も内緒でしたけどあそこだったんですか?「自分の中では後半の早い時間に欲しかった。1−0で終わりたかったんだけどね」。
 試合後の会見では、「狙い通りのサッカーが出来たと思います。今日のゲームでは1年間やってきた部分と、鹿島さんを分析した時に、うちのメリットというか強みを引き出そうということでチームでは狙いを持ってやりました」と、今まで取り組んできた部分も方向性が間違ってなかった事が確信できたようで満足そうな顔つきも見せてくれました。ここまでJ1クラブの神戸と鹿島の2チームと対戦することが出来ましたが、J2との違いをはっきり感じたのはゴール前にどれだけ詰めていられるかでした。鹿島は1本のシュートから2本、3本とたたみ掛けて攻撃が出来るのに対して、川崎Fは1本で終わってしまいます。守備に人数をもっていかれてしまうので仕方ないのかもしれませんが、どんな格好でもゴール前にいさえすれば得点につながると思います。あと1歩とかゴールへの嗅覚は見習わなければいけません。
 「関塚監督のことは評価してる。今以上に伸びると思う。監督業も勉強してるし、吸収もしてる」と、セレーゾ監督からもうれしい言葉をいただきました。リベンジは3カ月後のJ1の舞台。今度は川崎Fのホームで、さらに磨きのかかった関塚監督とセレーゾ監督の対決がみられます。その時は、余裕なんかない悔しさがにじみ出るような関塚評価をセレーゾの口から聞けることを期待しています。


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◇代表選出に思う 2004.11.08

 5日、JFAハウスでW杯アジア1次予選 シンガポール戦の代表メンバーが発表されました。選ばれた18人の中にカズやゴンの名前はありませんでした。壇上のジーコ監督の険しい表情から、泣く泣く招集を断念したことがうかがえました。

 突破を決めたオマーン戦後に代表の功労者を呼ぶ仰天プランを川淵キャプテンに伝えてからの約1カ月間、協会は当然ですがその他でも色々な所で物議を醸してきたと思います。代表召集問題の経過を見ると、この結果を受けてホッとした人の方が多いのかもしれません。

 でも、私は功労者の招集に賛成でしたからショックでした。はじめてこのプランを聞いた時「さすがジーコ監督、おもしろいことを考えるな〜」と素直に思いました。これまでの代表を支えて、盛り上げて、築いてきてくれた選手達をもう1度ピッチの上で見られるなんて、とシンガポール戦が待ち遠しくなりました。

 しかし、すぐに反対意見が出てきました。もちろん、反対の理由は理解できますし。そして、その考えが正しいのかもしれません。結果、ジーコ監督も「決心したのは選手からの声。キリン杯、アジア杯、W杯予選と長期に渡って出場チャンスが少ない中、チームと国のために努力してくれている。彼らなくして勝利はなかった。その要望に応えた」と控え組中心のメンバーで行くことに決めましたから。

 感謝の意を捧げたいというのは決してご褒美という意味じゃないと思います。W杯の予選ですよ?お祭りだなんて思う訳がないじゃないですか。絶対に言わないと思いますが、「消化試合だから好きにやっていいよ」と言われても今回名前の挙がっていた功労者達は、W杯予選という言葉を聞くと、短い時間内に自分と闘ってきっちり体を作って、今の代表の戦術をしっかり頭に入れて、100%の力をピッチで出して、サポーターを沸かせて、尚かつ、後輩へ置き土産を残せる力が沸いてくる気がします。

 期待出来ない人に期待はしません。必ずやってくれると期待してしまう選手はベストメンバーですよね?若い選手も一緒に行動していたら、国際試合に必要な強い精神面を学べたかもしれません。完璧なムードメーカーが疲れた心を癒してくれたかもしれません。

 しかし、今回はジーコ監督のプランは通りませんでした。控え組から出ていた「1次予選突破が決まったとしても、最終予選に向けて雰囲気を味わっておきたい」という意見が尊重されました。

 でも、考えてみると控え組がガンガンアピールしてくるとなるとスタメン組はうかうかしていられませんよね?精神面よりもまだまだ競争させて技術面の強化が今の代表には必要ということなんでしょうか?

 注目を集めることになったシンガポール戦。控え組と功労者組、どちらになっても気の抜けない重要な試合になってしまったと思います。選ばれた選手は変なプレッシャーに押しつぶされないようにプレーして、来年2月から始まる最終予選に向けて納得のいく結果を出してください。功労者組は変なプレッシャーのない別の機会にプレーして、私たちを再び魅了してください。


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  2004.8.23

「アテネ経由ドイツ行き」の飛行機は、アテネでのトランジットが想像以上に短かった。
しかし、その限られた時間の中で選手達は普段行われている国際マッチでも経験出来ないような本当の世界の怖さと向き合って挑めた。と言っても、何とも言えない空間の中でいつもの力が出せずにピッチ上でうまく表現出来なかった選手がほとんどだろう。悔いが残る部分も多く落胆したかもしれないが、その中で見つかった課題はドイツへ向かう途中にも必ずまた出てくるのでキッチリと克服しておかなければいけない。そして、時折見せた通用した部分は自信にかえてステップアップの糧にしてほしい。

「このチームには何が足りなかったのか?」という質問がでた。山本監督は「ペナルティーエリア内の質。データに基づいて要求してきたが、要求の質も足りないものを感じた。」小野選手は「大舞台での経験。」もしかしたら技術や準備期間、チームの戦い方も少し足りなかったのかもしれない。何が足りなかったのか?私は安堵の場が足りなかったと思う。
何をしたらいいのか全く分からなくなり慌てた時、話し合いではなく喧嘩になりそうな時、自信を無くしかけて不安になった時、一旦そこへ戻れば落ち着けてもう1度自分達のやるべき事が見えてくるような場所。自分達で作れなければ、作ってくれる経験豊富な選手を残されたオーバーエイジ枠で入れて欲しかったと思う。

選手が帰国した今もまだアテネに残っているのは不思議な気分だ。メダルラッシュは嬉しいことだが、私の中ではいつサッカーが終わったのかがはっきりしていないせいか、モヤモヤがいつまでも続いている。山本監督は予選敗退が決まったイタリア戦後の会見で「今日の結果でオリンピックのトーナメントに上がれなくなったが、選手が見せてくれたパフォーマンスや勝負への執念はドイツへ繋がる。ガーナ戦は、真剣勝負の最後の場であり2006年のW杯を目指した代表チームへアピールする最初の場。」とドイツへ向けて歩き出した。
帰国前のメディア対応で選手の中には「1戦目のパラグアイ戦の試合の入り方で全てが決まってしまった気がする。」と振り返った人もいた。もちろん、3試合目のガーナ戦で今回の五輪はすべて終わったのだが、先には進めない最後の最後に勝ち点3が取れたその終わり方に私は笑顔も涙も不自然な感じがしたので、無表情でピッチの選手を見つづけていた。今思うと1番寂しい終わり方だったと思う。泣くか笑うかむっとするか、とにかく顔を変えたかった。でも、考えてみたら無理して終わりを作る必要はないのかもしれない。アテネはただの経由地にしかすぎないのだから、ここからまたドイツへの旅が続いていく。目的地で最高にいい顔になれるのを楽しみにしたい。

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「がんばれ!女子代表」 2004.5.18

先日、バレーの女子代表がアテネ行きのチケットを手に入れました。悪夢の敗戦から4年、完全復活したチームは全勝首位で最終予選を終えました。期間中は連日、監督や選手達が紹介され大いに盛り上がりをみせました。おそろいのミサンガをして試合に臨んだ、という話を聞いた時、女子サッカー代表もみんなでおそろいのお守りを持ってたよな〜、と思い出して、仲間に入りたいな〜と羨ましくなってしまいました。

今年のアテネ・オリンピックは女子のパワーが炸裂しそうです。7種目ある競技で日本の女子が参加するのが5種目あります。もちろん全種目を応援しますが、やっぱり力が入るのはサッカー日本女子代表でしょう。

サッカーも8年ぶりに2度目のオリンピック出場権を手に入れました。アテネ・オリンピック アジア予選 準決勝の北朝鮮戦で胸のすく快勝劇をみせ男子に続いて国立で切符を受け取ることが出来ました。91年5月以来13年間勝てず、7連敗中の強敵相手に3−0。「ベストゲームでした」と話す上田監督の顔が誇らしげでしたし、「まったく相手を怖がることなんかなかったです」という選手たちの顔も涙と興奮で上気していました。
チーム結成1年半の集大成を見せつけてくれましたよね。聖地国立には史上最高の3万人以上のサポーターが集まり、青き乙女達を後押ししてくれました。
この日のスタジアムの雰囲気は、85年の10月28日 メキシコW杯アジア最終予選 日本対韓国に似ていました。
勝てば出場権。
それぞれの国の大応援団が選手のコールではなく、ただ「がんばれ」という熱い声援。
そして、ライバルを相手にひたむきにプレーする選手たち。終了のホイッスルを聞いた時は、19年前に両腕を上げられなかった分も込めて万歳をし、喜びの涙を流す事が出来ました。
試合前日、大部選手に「なんで北朝鮮にかてないんですか?」と聞いてみたら、「そこへの思いが違う。ハングリー精神というか。日本のどのスポーツでも北朝鮮に勝つのは難しい気がします。むこうは将軍様のために一球一球にすごい力を込めて私たちに打撃を与えてくる感じですね。もちろん、私たちも強い気持ちで戦ってますけど、あと10センチ足が伸びてればという場面でむこうは伸びるけど、うちは伸びないみたいな。苦手意識はありません。選手もゲームの戦術や内容も変わってきてるので、昔はなかなかハーフラインを超えられなかったりCKやFKを取れなくて1:9の試合だったけど、最近では3:7とか4:6の試合が出来てきてるんです。明日が覆すチャンスなんです。」
サッカー関係者やずっと女子を見てきた人は「勝てば奇跡」だと言っていた人も多いと思います。
でも、練習場やスタジアムで会うサポーター達は「全然、勝てるよ〜。だって強いじゃん」と言っていました。
決勝トーナメントは一発勝負、何が起こるか分からないから私も勝てると信じてました。
今年に入ってからずっと女子を見ていましたし、福島のJヴィレッジの合宿にお邪魔して一緒に練習をさせてもらいましたから分かります。「だって強いもん」

広島で行われた中国との決勝戦は残念ながら1−0で負けてしまいましたが、さらに凄みの増した女子代表を見られてサポーターも満足できたと思います。もちろん、メダルへの期待も高まったと思います。

アテネ・オリンピックまであと87日。
「すべてはアテネのために、そして女子サッカーの発展のために」という強い思いを胸に1つにまとまったチームがさらに成長していく姿をこれからも追いかけたいと思います。
歴史が変わる瞬間は何度見ても快感ですから。

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